マトゥラ(1)〜出発編〜

日・月曜と会社が俄かに連休になったので、
前々から気になっていた場所へ小旅行に行くことにした。
マトゥラ、という所。
マトゥラは、ヴァラナシやハリドワールなどと並ぶ、
ヒンドゥー教のメジャーな聖地の一つで、
クリシュナ神という神様の生誕地として知られている。
クリシュナ神はここで生まれました、とか
ここで牧女と戯れながら育ちました、とかいう
ヒンドゥーなら誰でも知ってるクリシュナの数々の逸話の場面
それぞれのゆかりの場所があるらしい。


ガイドブックによると、
マトゥラはデリーから3、4時間の場所。
グルガオンから直行のバスが出ているか知らないので
確実なデリーから行くことに。
土曜の晩をデリーで1泊して
日曜の早朝の便で出発、というスケジュールが
前から何となく頭にあったので、それで行くことに。


仕事から帰ってトートバッグに一通りの物を詰め、
バスとメトロを乗り継いでデリーに着いた。
メトロに乗ってる間に、
あ、パスポートを忘れた、と気がついた。


家を出てから2時間後の22時にメトロのニューデリー駅に着いた。
オートリクシャを拾い、
メインバザールの以前泊まったことのある宿に行くと、
案の定、外国人はパスポート、
インド人は何らかのID無しでは宿泊できないと断られた。
試しに、以前ここに泊まったんだけど、と
ガイドブックに挟んだままだった当時の領収書を見せると、
過去の記録をすぐに調べて確認してくれたけど、
あいにくビザが変更されてて、悪いね、と再び断られた。
これ以上落ちないくらい、思い切りがっくりと肩を落として
しょんぼりと宿を出たけども、誰も引き止めてくれない。
その後、4、5軒回ったけど、どこも同様に断られた。
インド独立記念日が近付いているので、テロ等を防ぐために
警察の取り締まりが厳しくなっているらしい。
250ルピーの宿を、500ルピー払うから泊めてよ、とお願いしてみたけど
500ルピーで泊めて警察に罰金5,000ルピー払ったら損だろう?
と笑われた。
そりゃそうだよね、はは、と私もつられて笑ってしまった。
別の宿で試しにインド人のふりをしてみた。意外と通じる。
でもインド人でも社員証とか運転免許証とかのIDが無いと、
やっぱり宿泊できないらしくて断られた。
何も無いのか?どこに行ったって泊めてくれないだろうよ、と
どの宿でも呆れられた。


辺りは駅近くの安宿街なので、人通りは結構あったけど、もう疲れた。
徹夜はしたくない。
ガイドブックを見ると、鉄道駅のニューデリー駅に
リタイアリングルーム(旅行者用簡易宿泊施設)があると書いてある、
ここならひょっとしたらと思って、徒歩にて駅に出た。
どこにあるのかいまいちわからず、駅員に聞きながら
2階に上がったり降りたりまた同じ場所に戻ったりしていると
観光客相手の客引きのおっさんに声を掛けられた。
おっさんは、さっきどこかで会ったのか、私の話を聞いていたのか、
リタイアリングルームだろ?こっちだ、付いて来い、と言うので
てくてく付いて行くと、駅前の通りを渡ったところにある、
旅行代理店に着いた。ビジネスマンっぽい客のおっさん2人が
何やら鉄道のチケットの確認をしてもらっていた。
若い男の子が3人とおっさんがもう1人働いていた。


先客の用が済んだ後、何もIDが無いんだけど、と宿の相談すると、
ID無しか、ちょっと何軒か聞いてやろう、と
さっきとは別のおっさんが問い合わせてくれたけど、
残念ながらやっぱりどこも無理らしかった。
デリーだけだよ、こんなに厳しいのは!とおっさん。
困った私にマトゥラ行きのバスチケットを売ろうとするおっさん、
どんなバスか知らないけど、
私が乗ろうとしている政府系のエアコン無しのバスの
おそらく倍以上は値段がする。
にもかかわらず政府系のバス、と言い張る胡散臭さ。ちょっと笑える。
とりあえず断っておき、部屋の隅で夕飯を食べさせてもらうことに。
ホテルを探すより先にうっかりテイクアウトしたチキンカレーだ。
持ってきたランチボックスにカレーを移して食べていると、
それを見たおっさんに
“弁当箱は持って来たのにパスポートは忘れたのか!”
と突っ込まれて私もつい笑ってしまった。なぜにパスポートを!
たぶん私の頭の中はこんな感じだっただろう、すなわち以下。
「海外旅行でない」=「国内旅行」=「パスポート不要」


こんなに胡散臭い事務所&午前0時を回ろうという時間帯にもかかわらず、
後から後から客が絶えず出入りする。インド人ばかりだけど。
午前1時頃に美人姉妹6人と小学生くらいの男の子2人を連れた夫妻が
入ってきて、 にわかに事務所が賑やかになった。
女の子らは中学生、高校生くらい、それから20くらいの年齢だった。
聞いた感じ、インド北東部の言葉っぽいなーと思ってたら、
私の隣に座った子が何か私のほうを見ながら何か話し合って、
1人の子が「アッサムからですか?」と
きれいなヒンディー語で私に聞いた。
アッサムを含むインド北東部には、
彼女らのようなインドっぽい顔立ちの人と、
モンゴリアン系の顔立ちの人が混在している。
私が、いいえ日本からです、あなた方はアッサムからですか?と聞くと、
果たしてそうだった。


彼女らは皆が姉妹なのではなく、女の子2人と男の子1人が
私が聞いた子のいとこなんだそうだった。
みんなそれぞれ身なりがよくて、おしゃれでちょっと澄ましてて
とてもかわいらしい。
お父さんは何をしてる人ですか?と聞くと、
病院で薬剤師をしていたけど今はもう退職されてるのだそう。


彼女らが去って行った後、事務所は何時までやってるの?と
先のおっさんに聞くと、24時間営業だ!と言う。さすがデリー。
おっさんに促されるままに靴を脱いでトートバッグを枕にし、
眼鏡を外してソファに横になった。おっさんがさあ休め!と言うので
ちょっと休むことに。
うつらうつらしていると、さっき去って行ったアッサムファミリーが
なぜかまた戻って来て、女の子の1人が私と同じソファの
足元側に横になって寝始めた。
どれくらい時間が経ったのか、また彼女らは去って行った。
バスだか列車の発車時刻待ちだったのだろう。
明け方5時に目が覚めたとき、おっさんらは何やらまだ働いていた。
チャイを飲むかと聞くので、チャイを頼んでまた寝た。
しばらくしてボスっぽいおっさんに部屋に呼ばれ、
How much you want?、と唐突に聞かれたので、
は?と返すと、また、いくら欲しいか、と英語で聞かれた。
聞くと、日本人客相手のスタッフとしてここで働かないか、
と言う話だった。英語ができない日本人旅行者が多くて困る
と、観光客相手の商売をしてるインド人が嘆いているのはよく聞く話だ。


給与はインド人が雇い主にしては悪くない額だった。
仕事は全部きっちり教えてやる、住む場所は給料とは別に
用意する、という待遇。
こういう仕事も面白いかもなーと
自分がせっせと日本人客にアドバイスなどしている姿を想像して
ちょっと胸が躍った。


ま、それはまたいずれということで、6時になったので出発することに。
昨晩、私を駅で拾ってくれたおっさんが、
私をバイクに乗せて動き始めたばかりの早朝のデリーを走り、
デリーの大きなバススタンドの1つまで送ってくれた。
何から何まで感謝。

つづく